ちえぞうブログ

ペットの健康話しと、フラメンコとゴスペルの話し。いろいろですが。。。

【うつが治って笑顔になった日】老人性うつ病と診断され薬を飲んでいたら『死にたい』と言っていた母親が、薬を止めて笑顔に戻った日

今から15年程前、父親が亡くなり母親が一人暮らしになりました。
母は築30年以上経っているエレベーターの無い、5階建てのマンションの2階に住んでいました。
2階とは行っても階段で上に上がらないと行けないので、まぁ、年取ってきたら大変ですよね。

 

私の方はと言ったら、5階建てのマンションですがエレベーターがあります。
その4階に住んでいるのですが、階段で上に上がる事はありません。

 

私も一人、母親も一人なので別々に住むことも無いと、一緒に暮らすことを決めて母親が私の所に引っ越してきました。

 

とても明るい母親で、誰とでもすぐに仲良くなる人です。
ご近所の人には頼りにされ、父親が入っていた病院でも有名人でした。
なぜかと言ったら、どうしても周りの人の面倒を見たくなる性格なのでしょうね。
頼まれてもいないのにいろんな人の話しを聞いたり、そこで働いているスタッフさんとも仲良くなったり。

 

病院でたまたま置いてあったキューピー人形があって、キューピーちゃんと言えば裸じゃないですか。
そのキューピーちゃんにある時、洋服を作って着せちゃったんです。

そしたらみんな喜んでくれたらしく、季節によって服装を変えるようになってました。
毛糸のセーターだったり、着物だったり、夏は半袖だったり。
もちろんすべて手作りです。
そういうのが好きなんですね。
でも、今までそんな人はいなかったんですよね、きっとね。(笑)

 

出かけて行くと、お店の人とはすぐに友達になるし、旅行に行ったら旅行先でもみんなを笑顔にさせるような人。
70年以上そんな風に生きてきた人です。
それまでの人生で確実に辛い事もあったでしょう。
いろんな事があったと思いますが、そんな事を微塵も感じさせない人でした。

 

そんな人が近所の友達と離れて、娘と一緒に暮らすために引っ越しをしました。
引っ越し先でも案の定、すぐに友達が出来る訳です。
だって、誰にでも話しかけちゃいますからね。
マンションの人や近くのお店の人、などなど。

 

新しい場所が珍しく、新しいお店が楽しくて、新しいお友達作りも楽しんでいたようでした。
毎日新しいお友達の事を話してくれたりと、とても楽しんでいるように見えました。


楽しんでいるように見えていたんですが。。。
ある時から変なことを言い出すようになりました。

 

『料理が作れなくなってきたのよ。どうやって作ればいいか分からないの。』とか。
『食べ物の味が分からなくなってきたのよ。食べても味がしないの。』とか。

 

料理を忘れちゃったのは年のせいじゃない?とか。
味が分からないのは気のせいじゃない?とか。
あまり気にしないようにしてたんだけど、だんだんそうも行かなくなってきて。

 

なぜかというと、本人が悩み出してきたので明るさが無くなってきちゃったんですよね。

だんだんとね、愚痴をこぼすようになってきたんです。
顔を合わせるたびに、食べても味がしない、だから食べない。
もう何も食べなくていいい。
食べもでも意味がない。
そんな事を言い出したりしてね。

 

これはそろそろなんとかしなくちゃと、兄に相談したり、病院を探したりしてみて。
母親にも病院へ行ってみようかと話しをして、心療内科へと通うことになりました。

 

先生の診断結果は予想していた通りの、老人性うつ病と痴呆との診断。
薬を飲むことになりました。
しかも新薬があるからと言われ、それが1番いい方法だと信じてしまい、先生の言う通りに薬が始まりました。

 

薬は好きではなかったのですが、その頃はまだ勉強不足で、うつ病などの精神病は薬を飲まないとダメなんだと思ってたんです。
脳の病気だから、これは薬でないと治らないんだと。


薬を飲まないと治らないと思ったし、薬を飲んだらきっと良くなるんだと思ってたんです。

そんな風に信じていたので、疑いもなく母親に薬を飲ませてしまいました。

 

毎日薬を忘れずに飲むこと。
月に2回くらい病院の診察に行くこと。
薬が無くなったらもらいに行って、途切れさせない事。

 

そんな日々がどのくらい続いたんだろう?
1年くらい、もっとかな。

 

母親の状態はだんだん暗くなってきました。
外にも出なくなり。
人にも会わなくなり。
笑顔も無くなった。
テレビをぼーーーと見てるだけの毎日。

 

症状が悪化しているのは明らかに分かりました。
だから薬はちゃんと飲まないと、と思っていました。
多分、薬を止めたらもっとひどくなると思っていたんでしょうね。
薬を飲んでいるからまだこのくらいでいいんだと。
飲み続けていればきっといつか良くなると信じて飲ませていました。

 

そんなある日の事。
母親の口から衝撃的な言葉を聞いたんです。

 

 

『死にたい。。。』

 

 

寝ながら私の手を握って、こんな言葉を漏らしました。
ショックでした。
そんな事を言う人ではなかったから。

 

この言葉を聞いた時に、これはおかしいと思ったんです。
うつ病になったかもしれないけど、ちゃんと薬飲んでるのに、これはおかしい。
どんどん悪化している。

 

これは絶対におかしい。

 

この言葉に私は今までにないショックを受けました。

 

そして、もう母親の好きなようにさせてあげようと思ったんです。
そう、もう死にたいと思うほどなんだったら、人はいつ死ぬかわからない。
だったらもう、好きなようにしてあげるのが1番だと。

 

母親は病院に行くのも、薬を飲むのも、あまり乗り気ではなかったんです。
それを私が説得して、なんとか病院に行くようにしたり、薬を忘れないで飲むようにしたり。
それは母親の気持ちではなく、私の気持ちだったのだと。
もう母親の好きなようにさせてあげよう、それが1番いいと思いました。

 

そして、どうしたいか聞いてみたんです。

 

そしたら、


『病院はもう行きたくない。薬も飲みたくない。』

 

分かった、そうしよう。と私はいいました。

 

そして、その日から病院へ行くことも、薬を飲むことも止めました。
母親の好きなように過ごしてもらう事にしました。

 

好きなようにと言っても、もう笑わない、意志の無い人形のようになっていて、何をしたいのかも分からない。

 

以前はお花が好きだったので、お花の本を買ってきたり。
お花の塗り絵が出来る絵本を買ってきたり。
好きそうなものを買ってきて渡すんだけど、興味が出ないからそのままの状態。
部屋に置いたまま。

 

そしてずっと同じ事を言っていました。


『食べても美味しくないから何も食べたくない。』
『食べなくても生きていけるから、もう何もいらない。』


私は仕事をしていたので、家でずっと母親を見ている事が出来ませんでした。
会社に行っている間は、母親は一人で過ごすのですが、多分ほとんど動いていないだろうなという感じの家の中でした。

 

何もしたくないのでしょう。
以前は掃除、洗濯、お花の手入れなどせっせとやっていた人ですが、何も動かない人になりました。

 

家の中が汚れていても気にならない。
多分視界に入っていないんでしょうね。

 

外にも出ませんでした。
外に出ると人が自分を見て笑うから嫌だと、言っていた事もありました。

 

お正月に兄とその子どもたちが遊びに来ても、まったくの無表情。
人がいてもテレビをぼーーーと眺めているような状態でした。

 

この先どうなるんだろう?
という不安な日々が続きました。
薬を飲んでいたのが1年くらいだったと思いますが、止めてから無気力に生きている時間が7年くらい続きました。


これからもこのままなのか。
このままでも生きていてくれるらないいけど。
母親の人生としては、どうなんだろうか。
そんな事を毎日思いながら過ごしていました。

 

毎日が葛藤。
でも何も出来ない。
でも葛藤するしかない。
自分ひとりで葛藤する、そんな毎日が続きました。

 

答えは返って来ないけど、母親に何か話しかける。
今日も一緒だな~と思う。
そんな悶々とした日が続いたある日の事。

 

ちょうどマンションの外壁工事が入っていて、うちの部屋のバルコニーの外壁の工事も入り、工事の人がバルコニーで仕事をしていきました。

 

その人が帰った後にバルコニーを見たら、ビニールとかガムテープとかがそのままになっていて、ちゃんと片付けていなかったらしいのです。
それについて怒って文句を私に言ってきたんです。

 

えっ?!って私はびっくりしました。


怒ってるよね?今まで無表情だった人が怒ってる!
笑ってはいないけど、怒ってる!

 

怒ってるって事は感情があるってことだよね。
感情がもどってきたって事だよね。


えーーーーー!!!って内心びっくりしながらも、その怒りに同調して、そうなんだー、工事の人もいい加減だよね~なんて、話しをあわせてました。

 

そんな怒りの感情が出てきた所から、少しずつですが母親の状態が変わってきました。

しばらく内装業者さんの悪口を言っていましたが、口から出る言葉が明らかに増えてきました。

 

テレビを見ている時でも、面白い場面になると笑ったりするようになりました。
私が話しかける事にも、ちゃんと答えてくれるようになったり、一緒に笑ってくれるようにもなりました。

 

すごい変化にビックリしながらも、いい傾向である事は間違いありません。

 

内装業者さんがちゃんと片付けなかった事に感謝しました。
あそこで怒りの感情が出たことがきっかけになった事には間違いないようです。

 

その後も、どんどん変わっていきました。
どんどん変化が見えるようになりました。

 

部屋の掃除をするようになったり。
春は桜を見に、外に出かけるようになったり。
テレビを見ながら大声で笑うようになったり。

 

私の部屋に猫のグッズが増えていきました。
それは私が猫が好きなので、母親が猫グッズを買ってきて、私の部屋に飾ってくれるのです。


あーー、あそこのお店まで行ったんだな~。
そして買い物もしたんだな~。
ほんとにビックリしました。

 

こんな事もありました。
私が仕事で帰りが遅くなった時、私の机の上にメモがありました。

 

『ちえさんへ
美味しそうなお菓子があったので買ってきました。』

 

メモと一緒にお菓子も置いてありました。

 

あーー、文字も書くようになったんだ。

感情も、行動も、元に戻ってきたのが分かって、その日はお風呂で泣きました。

 

それからもどんどん変わっていきました。
変わるというより、元の母親に戻ってきたのです。

 

私の間違った判断で薬を飲ませ、その薬のせいで生きる気力をなくし、辛い日々を何年も送らせてしまいました。
長い年月。

 

その長い年月をかけて、多分薬が体の外に出てくれたんだと思います。

薬のデトックス。

 

あんな、人をダメにする薬。
ほんとに飲ませなければ良かったと思ってます。
そんなに長く飲んだ訳ではないけれども、どれだけ体に影響があったのかと思うと恐怖でしかありません。

 

あのまま飲み続けていたらきっと頭がおかしくなって、廃人のようになって、生きているけど死んでいる人のようになっていた事でしょう。

 

薬でうつ病が治るなんて思った私が愚かでした。
薬で痴呆が治るなんて思った私が愚かでした。

 

現在の母親は85歳(2019年現在)
毎日忙しい日々です。

 

部屋の掃除。
洗濯に布団干し。
植木のお手入れ。
それから、趣味の押し花。
布を使って何かを作る事。
写真を撮ってそれを友達に送る。
お花屋さんへ行ってお花を買ったり植木の勉強。
歯医者に行く。

 

私の部屋の掃除。
などなど。

 

毎日毎日やることがたくさんあって、忙しい毎日のようです。

シャキシャキ歩いているし、なんでも自分でこなしています。

 

人はいつかみんな死にます。
それはいいのですが、最後をどんな風に過ごすのかで大きく違ってくると思います。

 

薬に支配され、自分ではなくなって終わってしまわずに良かった。
自分の意志で毎日生きれて良かった。

 

人間らしくいられて良かった。


人生を自分の力で生き切ること。
それが出来る事が何より幸せであると、母親を見ていて思います。

 

笑顔になれて良かった。

 

まだまだ、その笑顔のままで長生きしてください。

 

 

・引っ越しして明るく過ごしてた時期 1年くらい
・薬を飲んでいた時期 1年くらい
・薬をやめて廃人になっていた時期 7年くらい
少しずつ元に戻ってきた時期 4年くらい
元に戻って元気に過ごしている時期 2年くらい

 

 

ちえぞうでした。

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